CULTURE 少女時代・スヨンが語る初の主演映画 『デッドエンドの思い出』撮影秘話
「これを書いたことで人生に大きな幸せがやってきた作品です」――著者の吉本ばななさん自身がそう語る傑作『デッドエンドの思い出』が、日韓共同製作で映画化。釜山国際映画祭でのプレミア上映を経て、2019年2月に日本で公開される。
新たな出会いに支えられて前へ進もうとする主人公・ユミを演じたのは、韓国のアイドルグループ、少女時代のスヨン。
ユミを温かく見守り、同時に自分の過去を清算していこうとするカフェ兼ゲストハウスのオーナー・西山に、名古屋発エンターテイメントグループ、BOYS AND MENの田中俊介がつとめる。
役づくりをめぐって、「とにかくめちゃくちゃディスカッションをした」という真摯な二人。スヨンさんへのインタビューをお届けします。
30歳を前に「これが私の映画です」と誇れるものに挑戦できました
――スヨンさんは子供の頃に日本で育ったそうですね。とても日本語がお上手で驚きました。
ありがとうございます。子供の時から日本で日本語の作品に挑戦したいという希望がありました。歌手として活動するときに使う日本語と、俳優として使う日本語はちょっと違います。ずっと日本の俳優さんの演技に憧れていたので、ひとりで日本語の練習をしたりしてきました。
今回演じるユミというキャラクターは韓国人の設定なので、そんなに言葉のプレッシャーはなかったんですが、すごく深い状況なので、感情とか、頭で考える思いも日本語になるべきなのかな? と悩みました。
韓国人の旅行者の日本語として演じようと狙ったんですけれども、共演の田中くんと台本について、ものすごくたくさん話し合ったので、日本人の日本語に近くなりすぎちゃったかな(笑)。
――吉本ばななさんの原作小説は、お読みになりましたか?
もちろんです。吉本ばななさんの作品は、韓国ではすごく有名なんです。私の世代もですが、上の世代の人たちが大好きな作家さんですし、私が子供の時から『キッチン』とか、いろんな作品が韓国でも映像化されていて、よく知っていました。
実は最初のシナリオは、今回の監督さんが書いたものではなくて、ちょっと方向が違うんじゃないのかな? と思っていたんです。原作を読んで、その通りに表現したいと思いながら、作品作りをしていきました。
――チェ・ヒョンヨン監督はこれが長編デビュー作です。新人監督と仕事をするのは不安ではなかったですか?
いえ、チェ・ヒョンヨン監督に会って、「原作通りにいきたい」という意思を確認したので。監督が女性で、若い人でよかったという思いは確かにありました。今の若い人たちの悩みや、愛する人との別れに対する態度とかを、同年代ですごく理解してくれる人ですから。
この作品はファンタジーとかアクションのように技術的な演出が必要な作品ではありません。女性だけの感性、女性の感情をよく知っている監督ならいいなと思っていたので、本当によかったです。
――スヨンさんはすでに大スターですが、映画出演にあたって小品を選んだのはどうしてですか?
ありがとうございます。でも逆に、映画に出る機会が来た時に、あまり考えすぎなかったから、チャンスを掴むことができた。私はそういうタイプですね。テレビドラマだったら色々考えますが、映画の主演は初めて。
30歳を前に、これが私の映画です、と誇れるものに挑戦できる、すごくいい機会だと思いました。歌手としてのキャリアはあるんですけど、役者としては、韓国でも日本でもまだまだだと思っていましたので。やっと日本で作品ができて嬉しいですし、これからも、いろんな作品に挑戦してみたいです。
全てのスタッフさんが 田中くんを大好きになりました
――ユミを助けることになる、カフェ兼ゲストハウスのオーナー、西山君は不思議なキャラクターですね。誰にもオープンだけれど、距離がある。演じる田中俊介さんは、スヨンさんから見て西山君に近い部分がありましたか?
かなり近いです。悪い意味ではなくて、壁というか、少し隠している部分がある。隠すということは、今の時代、私はすごく良いことだと思います。たとえ気分が良くなくても、相手のことを考えてそれを隠して笑顔を見せるのは大事なこと、礼儀だと私は思います。
私が感じた田中くんも、ちょっとわからない状況に置かれても、スムーズに対応することができる人。カフェのみんなが西山くんを大好きなように、全てのスタッフさんが、田中くんを大好きになりました。すごく柔らかくて優しくて。でも、自分の気持ちを隠して対応することもできるところは、西山君みたいですよね。
仲良くなってからは、友達同士になれて、いろんなことを話せました。仕事に対して本当に真面目で、スタッフの皆さんの気持ちを考えてくれる、すごく礼儀正しい役者さんだな、と思いました。
――スヨンさんは、ユミという役をどう捉えて演じましたか?
原作を最初に読んだ時には、受身なタイプの女性だと感じました。スヨンとは全然違うキャラクターで、別れに対する行動も全然違う(笑)。どう納得したらいいんだろう、と。
でも何度も何度も読むうちに、私は今までの人生でこういう痛みと出会ったことがない、と気がついたんです。誰でも、信じた人に裏切られたら、すぐに怒ったり、行動力を発揮したりはできないんじゃないのかな? と思い至って。
どんどんユミのことを理解していくうちに、完全に原作通りではないけれど、監督の女性らしい部分もちょっと追加して役づくりをしていきました。最初、名古屋に来て、ホテルで窓の外を見ながら妹と電話する場面があるんですね。そのとき、本当に慣れない場所に来て、完全にひとりになった気がしました。
ここで頼れる人は、彼氏しかいないのに、彼氏に連絡がつかない――その気持ちから出発して、恋人との別れ、西山君との出会いへと、自然に演じて行けたかな、と思います。
――吉本ばななさんには、お会いになりましたか?
はい、現場にお越しいただきました。差し入れも持って来てくださって、本当に嬉しかった。それなのに、その時、原作本を持っていなくて、サインをいただけなかった~! 作家さんというと、すごく厳格なイメージを持っていたんですが、本当に、普通のおかあさんみたいな温かさがあって、心があったかくなりました。
私自身いろんな悩みを持っていた時期でした
――恋人との別れで弱ってしまったユミちゃんは、西山くんの力と、ひとりの時間を経験したことで、少し強くなって韓国に帰っていく。スヨンさんは、弱ったり、悩んでいたりする時にはどう対処されますか?
実は、この映画を撮影したときの私が、実際にいろんな悩みを持っていた時期でした。家族からも韓国からも離れたかった。ケータイも持っていきたくないぐらい、慣れ親しんだ場所から離れて、自分をリフレッシュして、これからの人生について考えてみたかったんです。
そんなときに、名古屋に撮影に行くことになったので、いろんなことに挑戦してみよう、って。でも結局は、悩む時間もないほど毎日撮影が続いて。
この作品に集中しながら、新しい現場で新しい人たちから刺激をもらえて、ほんとうにラッキーでした。田中くんと出会って影響を受けました。そんな学びと経験が、次のステップや、プランを立てられる良い機会になったと思います。
30歳を前に、ユミちゃんみたいに、ひとりで旅行にも行きました。仕事で海外に行く時はマネージャーさんと一緒だし、素敵なホテルに泊まったり、車も用意されていたりしますが、今回はまったくのひとり旅。予約も全部、自分でしたんです。安いホテルで怖かったです(笑)。
――どちらへ行かれたんですか?
LAに行きました。ローカルの人たちみたいにヨガをしたり、カフェで本を読んだり。そんな時間を過ごすうちに、私がしている仕事がこの世の中で全てだという考え方では、気持ちが辛くなるばかりだと気づきました。もっと、世界は広かった。広くて、目指しているところまで行かなくても、その人生も、その人生なりに美しい、と。
――良いことを言う! 素晴らしいです。
あはは。普通に生活をしている、自転車で走っている女性や、バイトしている女の子を見ながら、そう思えてきて。そうしたら、仕事に対する態度も変わりました。
――悩みというのは、30歳を前にずっとこのままでいいのか、ということですか?
そうですね。そういう悩みがありました。
――CREA WEBの読者にも、同じ悩みを持っている人が多い気がします。最後に、読者へメッセージをお願いします。
愛する人との別れだけでなく、いろんな痛みや悩みを慰めてくれる文章がたくさん込められている原作なので、私もそういう表現を映画で出せるように、取り組みました。この映画を観て、悩みや痛みを乗り越えて、もう一歩踏み出す勇気をもらって帰ってほしいと強く思います。ぜひ、その部分も意識してご覧いただきたいです。
スヨン&田中俊介が語る『デッドエンドの思い出』
2019.01.26(土) 構成=石津文子 / 撮影=佐藤 亘
✱CREDIT: CREA